旗振りの人

近頃は人と会うのが億劫になった

私はひどくつまらない人間なんじゃないかと思えてきたから

誰と会っても話すことなんかないよ

 

何がそうさせたのか、

恐らくそれは仕事

今の私の仕事

 

誰でも出来る仕事

やりがいのない仕事

仕事してなさそうな(実際してない)人が自分より給料をたくさんもらっている仕事

いくら頑張っても昇給しない仕事

人に誇れない仕事

いつでも辞められる仕事

 

いくらでも負の要素だけが思いつく

こんな風に思っている仕事を毎日やっているうちに自分が腐っていくような気がする

野菜室の長ネギみたいに先の方から徐々に干からびて

 

自分の価値は仕事にある

それはそうかもな

そうだったんだろうな

気づいた時にはもう遅い

 

私はこれからどうすればいい?

わからんよ

 

子供の頃は両親とよく遠出をすることがあり、よく車に乗せてもらっていた

県境にはたいてい峠がありこれを越えなければ隣県には行けなかった

峠ではあちらこちらで道路の補修工事がされていた

当時は自動信号機など設置されておらず、

交通整理の旗振り労働者が各ポイントに配置されていた

彼らが赤い旗を振って「止まれ」の合図をすると、

運転席の父親は

「赤は振るな!ややこしい!」

と、怒鳴ったあと、

「つつかんでええとこをまたつつきよるわ」

と、訝しげにぼやくのが恒例だった

 

やがて、白の旗を豪快に振り「行け」の合図をする旗振りの労働者を見て

「かっこいいな、あれになりたい」

と、私は言ったことがある

それは一度きりではなく、彼らに出くわすたびほぼ毎回だ

私の憧れであった交通整理の旗振り

これは選ばれた人間にしか出来ない神業のように思えた

 

「アホ言うな。あんな仕事誰でもできるやっちゃ」

何度目かの「あれになりたい」という私の将来の夢に対して放った母親の言葉は

風船を針で刺すような確実な説得であった

 

母親の言葉の意味など考えもしないしどうでもよかった

ただ、単純にかっこよく見えたのだ

 

車の中で幼稚園児の小さい子供が

自分のことをかっこいいと言っている

将来この仕事に就きたいと言っている

などと旗振りの人は考えやしなかっただろう

 

赤と白の旗を持った旗振りの人

今はなりたくないよ、もちろん

色々わかってしまったからね

それが大人になるということなら

擦れるということなら

私は本当に、大人になんて、

なりたくなかったな

と、 思う反面、

大人になれて良かったな、

とも思うのだ